無料レンタルサーバー
わすら雑記
趣味の工作、DIY等の雑記
カテゴリー



最近のコメント



カレンダー

03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -



プロフィール

たらもと

Author:たらもと
「わすら」とは関東地方の一部で使われる方言で、標準語でいうところの「いじくる」の意味なのですが、このブログでは日曜大工をベースに趣味の範囲でいじくれそうな物を色々とわすらしてゆきます。



ブログ内検索



ご注意!!

工作には多くの危険が伴います。薬品や機械・工具の扱い等、安全の確保には常に各自が細心の注意をはらうようお願いいたします。制作者は時折無謀とも暴挙とも思える信じがたい不注意な行動を取ることがあるかもしれませんが危険行為を推奨するものではありません。また、当ブログに掲載されている内容は必ずしも適切であるとは限りません。もし閲覧者が当ブログを参考に行動し何らかの損害を被っても当ブログ(制作者)は一切責任を負いません。必ず自己の判断と責任において行動してください。



Access Count



喜連川人車軌道と奥州街道・弥五郎坂


喜連川人車軌道は明治35年(1902)から大正7年(1918)まで営業した人車鉄道で現・JR東北本線氏家駅付近から旧・喜連川町中心部までの約8.2kmを結び、主に喜連川温泉への旅客運転を行っていた。道中には“弥五郎坂”と呼ばれる峠越えの区間があり、江戸から白河を結ぶ“奥州街道”とも時代の変化にともない密接な関係を持っていた。今回はそんな廃線跡と古道を巡るサイクリング。

cy_ktrgwjk_a1.jpg

そんなワケで、まず明治42年(1909)発行の地図を見ると確かに“人車鉄道”の表記があるのですが、途中までしか読み取れず肝心の氏家駅のどのあたりなのかが正確にはわかりません。こういうのが地味に困る(笑)

cy_ktrgwjk_a2.jpg

さて、このシケインの先にある国道293号旧道(旧・陸羽街道)が上記の地図の延長線上にあり一番有力なのですがあまりにも普通過ぎたのでまた駅まで戻り別のルートを検討。

cy_ktrgwjk_a3.jpg

そしてもう一つ有力なのが、この駅前から真っ直ぐ出ている駅前通り的な県道107号氏家停車場線。ここは当時の地図に記載が無く認定は昭和36年(1961)と比較的新しいので根拠としてはちょっと苦しい感じがしなくもありませんが、配置的には良さそうです。

cy_ktrgwjk_a4.jpg

が、ほどなくして丁字路で終了。。「まさかあの前方の細い塀伝いの路地ではあるまい?」などと周囲を窺うのですが、地図を拡大すると右側の緑の屋根の民家の脇に路地があるので行ってみる事に。

cy_ktrgwjk_b.jpg

おお!もしかしてこれか!?

道幅が良い塩梅に人車鉄道っぽくて雰囲気がありますね。ただ、当時の地図には記載が無く縮尺的にも微妙な道路なので確証はありませんが。

cy_ktrgwjk_b1.jpg

それから少し進んで振り返ったところで撮影。水路やお稲荷さんといった古い町並みがとても良い雰囲気。がしかし、お稲荷さんのすぐ脇スレスレを鉄道が通るものなのかちょっと微妙な気もしなくもない。

cy_ktrgwjk_b2.jpg

そして、さらに進むも結局はグダグダ。でも良い雰囲気の路地だったのでただ県道を辿るだけのルートよりも「楽しいサイクリング」という意味では正解かもしれません。

cy_ktrgwjk_c.jpg

ともあれ路地を後にし国道293号に出てきました。Wikiによると途中には“並木駅”と“松山駅”があった(正確な区間距離は不明)ようです。

cy_ktrgwjk_c1.jpg

というわけで、現バス停の案内によるとこのあたりが“並木”との事。多分、鉄道廃止後にはバスが後釜として運行されるのが通常なので、場所的にはあながち間違っているわけでもない気がします。

cy_ktrgwjk_c2.jpg

そしてこちらが“松山”付近。まぁ最初から期待はしていませんがやはり見事に何も残っていません。というか、そもそも人車鉄道って車体前後のドアからの乗り降りだからホームって無いはずですよね…いまさらですが(笑)

cy_ktrgwjk_d.jpg

さて、そろそろ大カーブが見えてきましたが、左前方奥の細い道路が明治時代の奥州街道で、右にカーブするのが現道である国道293号です。
実はこの右カーブの先が喜連川人車軌道のために開削されたかつての専用道で、大正時代の鉄道廃止後に自動車道に再整備して今度はそれが現国道となりました(当時は県道もしくは一等里道の扱い)。ですので進路は右へ。

cy_ktrgwjk_e.jpg

そしてこの直線が現・弥五郎坂。氏家からの登り勾配は約2%と、人力車的にはまぁまぁ許容範囲といった感じではないでしょうか。

cy_ktrgwjk_e1.jpg

ちなみに、沿道にはニッカウイスキーの栃木プラントがあります。

cy_ktrgwjk_e2.jpg

さて、弥五郎坂の途中には道路の直線化改良により蛇行した旧道が切り刻まれた三日月路があり、以前からそれを知っていたのでいつかきちんと調べようと思い喜連川人車軌道という思わぬネタにありつけたワケですが、当時の路線跡をなるべく正確に辿るというルールの下、もちろんわざわざ向こう側の短い旧道を辿ってみます(笑)

cy_ktrgwjk_e3.jpg

まぁ、国道沿いの食堂の裏側という感じで何もありませんけどね。栗のイガがたくさん散らばっている具合からして、通る人はほとんどいない感じですね。

cy_ktrgwjk_f.jpg

そしてもう一つの三日月路は“クローズド”になっているので正確には“廃道”の扱いでなかなか味わいのある佇まい。もちろん突入(笑)

cy_ktrgwjk_f1.jpg

ほほう、落葉と雑草の侵食や、アスファルトの劣化といった廃れ具合がなかなか良い感じ。

cy_ktrgwjk_f2.jpg

でもまぁ、すぐに現道にぶつかってしまうのが三日月路です。しかし、まだ旧道は蛇行して奥に続いていますので現道を渡って向こう側へ行ってみましょう。

cy_ktrgwjk_f3.jpg

おお、こちら側はこの狭さがある意味良い雰囲気です。まぁただの歩道ですが。

cy_ktrgwjk_f4.jpg

それから、振り返って撮影。丁度このあたりが峠になっていて道祖神と俳諧碑的なものが設置されています(平成の物なのであまり雰囲気はありませんが)。そしてここから先は下りに転じます。ちなみに、この場所は明治時代当時の地図ではトンネルの表記があったのですが、大正時代以降に道路に転用されてから消滅してしまいました。



さて、喜連川方面へ降りてまいりましたが、下りはなんと勾配が-4.5%もあり、人車鉄道としてはかなり無理があるように感じたのですが、その事とリンクして、実はこの分岐点がなかなか興味深い事になっています。さて、当時の人車鉄道はどちらの道を通っていたでしょうか?(答えは画像をマウスオーバーにて)

cy_ktrgwjk_g2.jpg

というわけで、正解はどちらの道でもなく、大きくカーブして勾配を相殺し喜連川市街地に向っていました(グリーンのマーカー)。
ちなみに、喜連川町史によるとこの下り坂で「1907年7月2日に人車が転覆事故を起こし3名が負傷した」とあり、道路構造の不備が指摘されていたようで「やっぱりネ」という感じです。どう考えても人力で勾配4.5%はキツく、8人乗りの客車をチープなブレーキ一つで降りてくることにはかなりの無理があったのではないでしょうか。

cy_ktrgwjk_g3.jpg

それから、左手の市街地へ向う現在のシンボルロードですが、一見すると真っ直ぐな築堤がいかにもそれらしく、本来こちらが線路跡ではないかと思うのですが当時の地図の変遷から察するにこちらは鉄道廃止後、道路への転用の後に地図上に出現することから大正時代以降の物ではないかと思われます。まぁ地図の間違いの可能性もありますが。ただ、いずれにせよサイクリング的にはこの道路を通って喜連川市街地へ入るほうが眺めも良く気持ちがいいです。ちなみに春は桜の名所となっているそうですのでその時期を狙ったほうが楽しめそうですね。

cy_ktrgwjk_h.jpg

ともあれ、荒川手前のこのあたりが“荒川駅”のあったと思われる場所です。左手が旧・陸羽街道で、帰路に通ってみますが、まずは連城橋を渡った先の市街地へ。

cy_ktrgwjk_h1.jpg

とその前に、橋の手前で振り返って撮ったのがこの写真。どうもこの左手のお宅が荒川駅跡っぽいですね。それから、交差点には近世の道標が残っていて「右江戸道」「左下妻道」と書いてあります。近世からすでに国内の主要路線だった証ですね。

cy_ktrgwjk_i.jpg

さて、喜連川中心部に向って進んでいますが、古い町並みがなかなか素敵です。かつては足利氏の流れを汲む喜連川藩が置かれ栄えたそうで、御用堀や武家屋敷などの旧跡も残っていて味わい深いところです。

cy_ktrgwjk_i1.jpg

それからほどなく、この不自然に開けた場所にさしかかり、このあたりが“喜連川駅”の跡地なのではないかと思ったのですが、丁度写真右奥にある図書館(白い建物)で喜連川町史を参照してみたところ「ビンゴ!」。どうやら左手奥の喜連川警察署のあたりに喜連川人車鉄道の社屋があったようです。
といったわけで、これにて喜連川人車軌道廃線跡サイクリングは完了ですが、同時進行の奥州街道サイクリングを続行します。

cy_ktrgwjk_j.jpg

さて、また荒川まで戻ってきました。ここからしばらく川沿いルートを取るのが旧・奥州街道です。

cy_ktrgwjk_j1.jpg

このルートは明治時代以前の奥州街道(の中の陸羽街道)にあたるのですが、立ち並ぶ民家と水路がなんとなく、近世の街並みの雰囲気が微かに残っていて印象的です。自分の写真がヘタなのであまり伝わらないのが残念ですが、実際に現地を走ると独特の雰囲気を感じると思います。

cy_ktrgwjk_k.jpg

そして、さしかかった「旧道の中の旧道区間」とその分岐点。右の現道が明治時代に作られたバイパスで2代目の弥五郎坂。そして直進が近代以前の“真・弥五郎坂”というややこしい事に。手前に「自動車は通り抜けできません」という警告がありますが、チャリなのでもちろん直進(笑)

cy_ktrgwjk_l.jpg

というわけで突入してみましたが、ゲートを開放すれば辛うじて軽トラが通行可能な林道といった雰囲気です。

cy_ktrgwjk_l1.jpg

そして、途中には案内板が設置されており「なんだ。ここ観光地化されてるのか」と。しかし、それにしては雰囲気荒れすぎ(汗)
一応出展がさくら市となっているので平成の大合併後の観光事業だと思うのですが…

cy_ktrgwjk_l2.jpg

うわ、キタコレ…

どう見ても放置し過ぎだろ。もはや廃道じゃないか。。

でも突入(笑)
ロードバイクなうえにビンディングシューズだけどね(泣)

cy_ktrgwjk_m.jpg

が、藪を強行突破してみて…実は大当たり!
舗装がやや残念ですが、古道らしさ溢れる良い雰囲気です!

cy_ktrgwjk_m1.jpg

こっちはモッフモフなグリーンじゅうたんゾーン。

cy_ktrgwjk_m2.jpg

そして、また藪。。

チャリ用のピチピチタイツに雑草の種みたいなのがチクチクといっぱいくっついて不快だけど何とか突破。

cy_ktrgwjk_m3.jpg

ただ、路面は舗装だし時折コンクリート擬木のベンチなんかがあって興醒めではあるのですが、こうして行政の放置プレイを食らって廃道化している事が功を奏しているというか、総じて雰囲気は良いです。

cy_ktrgwjk_m4.jpg

そして、古道に差し込む一条の光が幻想的だったので思わずチャリを置いて写真撮影。

なんという神々しさ(笑)

週末のプチ現実逃避に乾杯!

cy_ktrgwjk_m5.jpg

まぁ、コンクリートの擁壁ときちんと枝落しされた杉の人工林がモロに林道の風景だったりしますけど、全体的に古道らしさが残っていて良い物件だとおもいます。正直、当初の期待を上回る興奮が得られてとても満足です。

cy_ktrgwjk_m6.jpg

ともあれ、ほどなく現道と合流。いや、現道というのは少し違うかも…二代目・弥五郎坂のほうが正しいでしょうか。

cy_ktrgwjk_n.jpg

ちなみに、明治時代の奥州街道バイパスこと二代目弥五郎坂はこんな感じの玉石積みの擁壁になっていてこれはこれで良い雰囲気。それから真・弥五郎坂が約10%の勾配なのに対し、こちらは約7%と若干マイルドではあるものの、やっぱり古い道路ならではのキツさとなっております(笑)

cy_ktrgwjk_n1.jpg

それから、一応このあたりが坂の頂点かと思ったので振り返って写真を撮ってみました。ちなみに左側はゴルフ場の通用口。以降坂は下りに転じます。

cy_ktrgwjk_o.jpg

しばらく下って、早乙女温泉を過ぎたあたりに、坂の名称にもなっている鮎瀬弥五郎の墓があります(ロードバイクだとスピードが乗りすぎて見逃してしまうのでご注意)。案内によると、天文18年(1549)の戦で宇都宮尚網を討ち取った鮎瀬弥五郎にちなんでこの名前がついたそうです。

cy_ktrgwjk_o1.jpg

そしてこちらが鮎瀬弥五郎の墓。最初は「ビンディングシューズで石段を登るのが嫌だなぁ」などと思っていたのですが、こうして見ると英雄の墓にふさわしい静かな佇まいでとても良い雰囲気です。

cy_ktrgwjk_p.jpg

というわけで、往路で通過した国道293号のカーブまで戻ってまいりました。これにて、喜連川人車軌道と奥州街道・弥五郎坂サイクリングは終了です。お疲れ様でございました。
最後に、コースのGPXデータを載せておきますので、よろしければスマホやGPS等にてご利用ください。




この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://wasura.blog86.fc2.com/tb.php/1222-92e65ebb