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わすら雑記
趣味の工作、DIY等の雑記
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たらもと

Author:たらもと
「わすら」とは関東地方の一部で使われる方言で、標準語でいうところの「いじくる」の意味なのですが、このブログでは日曜大工をベースに趣味の範囲でいじくれそうな物を色々とわすらしてゆきます。



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物流・信仰の道“奈良駄峠”(後編)


奈良駄峠の茨城県側には笠間市稲田地区が南東に位置し、そこは古くから御影石の採石事業が盛んで明治22年水戸鉄道水戸線開通を皮切りに、明治29年(1896)から昭和40年(1965)にかけては採掘した御影石を水戸線稲田駅まで運ぶトロッコ路線網“稲田軌道”が敷かれ、終盤には奈良駄峠にまでその採掘ルートが延びていたという。そこで、奈良駄峠の後半戦はトロッコ線の遺構探索を兼ねたダウンヒルサイクリングに。



まずは稲田軌道について、Wikiに詳しく載っているので詳細は割愛しますが、昭和15年の地理院地図にそのトロッコ路線図が記載されているのでピンクのマーカーを乗せてみたのが上図です。稲田軌道は稲田駅を基点に延長され、それぞれに事業者の名前を付け鍋島線や中野線などと呼ばれていたようですが、この地形図には奈良駄峠まで伸びた路線図が記載されておらず、マウスオーバーで画面切替後のブルーのマーカーが自分が勝手に追加してみた路線“長山線”です。長山線についてはwikiでも年代など詳細が不明で“土屋線経由で鏡ヶ池の脇を通る”という事ぐらいしか解っていないようです。ちなみに大郷戸地区を分岐して鍬柄峠付近を超えて来るという緑のマーカーのルートも考えられる気がして、どうせなら帰路で鍬柄峠を越えるついでにトロッコ線の痕跡がないかちょっとオマケで寄り道してみようかと思っています。

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ともあれ、サイクリング開始!道は思いのほかフラットでハッキリしているので走りやすく、下り基調なのも手伝って快適で楽しいダウンヒル。重力サイコー!(笑)

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…と思いきや、キレイだったのは公園整備された峠付近だけで、走り出してまもなく藪化。。南側斜面という日当たりの良さもあるのかもしれませんが、茨城側は廃道色濃厚。ちなみに、GPSで現在座標がルート上にちゃんと沿ってる事を確認しつつ、重力と車輪の慣性を利用してそのままバキボキと強行突入。

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やがてヘアピンカーブにさしかかり、何か人工的な感じがしたので下りてみたら石組みと水抜き暗渠でした。

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それから、脇に目をやるとトラロープや土嚢などが積んであり人工的な構造が多く、トロッコ線との関係を疑ってみるのですが、多分これはもっと新しい年代のものだし、藪を越えた向こう側の空がやけに明るく開けた感じなので、あそこはもう大規模な採石場なのではないかなぁ。

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というわけで、航空写真で見てみるとやっぱりそんな感じですね。採石事業の敷地には入らないように注意しつつも、万一作業中の関係者に遭遇してしまわないとも限らないのでわざわざ日曜日を選んで来ているのですが、でもまぁ、今歩いている徒歩道もすでに公道ではない可能性もあるので何とも言えませんが。廃道と鉱山ってなんか密接な関係があるよね(笑)いままでの経験上。

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それから、栃木県側では廃車に遭遇しましたが、茨城県側では廃ママチャリに遭遇しました。よくもまぁここまで20kg近くありそうな車体を持ち上げて来たもんだ。それにしても、持ち主はここにチャリを乗り捨てて無事に峠を越えられたのでしょうか。。どんなのっぴきならない事情があったのか、余計な詮索が膨らみます。

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ともあれ、道はあやふやになり余裕をブッこいていられるほどの状況でもなく、道路の痕跡を追うのがかなり怪しくなってきました。

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一応、GPSによる正規ルートっぽいところをムリヤリ突き抜けてここまで来ましたが、道は沢にザックリ割られているので、嫌だけどチャリを担いで沢に下りて渡らねばならないファイト一発リポビタン(笑)想像だけどここは当時木橋か何かが架かっていたのではないかぁ。もしくは土管を埋めた暗渠とか?

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その後は、まずまず乗車で下りられるのですが、ここで行く手を阻む倒木三兄弟。。上中下と塞がれていてどうやって通るのか一瞬悩んだのですが、正解は左に迂回。

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しばらくザザザ!と下りてきて何やら広い場所に出たのでこれは人工的だのう?もしかしてトロッコのターミナル的なもので、ここで御影石の積み下ろしなどの作業が行われていたのでは?と想像。

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下に降りて歩いてみると、やっぱり石組みで作ったステージになっていました。ちなみに道は細い木がボコボコ生えて完全に廃道状態。

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しかし、それを迂回するかのような細い踏み跡が脇にあるので、こんなところを歩いている人が今でもいるのだなぁと関心。山歩きのハイカーなのか、採石関係者なのかはわかりませんが。。

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おっと、ここも沢がザックリと道を割っていますね。で、正解は右側にわずかな踏み跡あり。でもチャリを担いでそれを降りてゆくとまたグショグショの沢渡りリポビタン。。

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プハ~!どうにか抜けたゼ!

ここからはクルマも入ってこられそうだしもうリポビタンの心配はないよなハハハ。つーかすでにクルマっぽいものがずっと先のほうに見える気がする。

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…ってオイ!

いつからそこに居たんだキミは!?何十年も前の感じだぞ。。

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回り込んで正面から失礼しま~す。うーん昭和なイイ顔してるねぇ。なんか懐かしいよ。てかオレこの顔なんか知ってる気がする。自分が子供の頃のマイクロバスといえばこの顔だったよな。。もしかしてキミ40代じゃない?
…と思ってwikiで調べたら、このマイクロバスは“トヨタ・コースター(1969年-1982年)”との事で、やっぱりガチで同世代だった(笑)

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廃バスに別れを告げサイクリングに復帰。ほどなく現れた分岐は左が大規模採石場で右が本線。でもこの感じだと大規模採石場もすでに廃坑になってそうな雰囲気ですね。。

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それから、道は降りるほどに徐々に路面状況は良くなってくるもののここはご覧の通り「崩れまくっとるやないかい!」という有様。これじゃ軽トラがギリ。。ダンプで来て砂利をドザーっと下ろせばまだ復旧可能な気がしますが…

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でも脇にあった電柱を見ると、もうそういうつもりはない感じですね。あきらかにブツ切られて電力が止まっているし。ここもすでに廃路なのかも。石が枯渇しちゃったのかな?

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いよいよ舗装復活!ともあれこれで無事に“奈良駄峠”縦断完遂!まぁトロッコ遺構らしきものは結局ほとんど解りませんでしたけどね。。コアな廃線マニアの方なら「これは○○という設備跡だ!」とかコーフンするのかもしれませんが。。

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それからオマケのもう一本、林道:鍬柄山線。ここもロードバイクで過去に2回通っているので特に目新しい物もないのですが、しいて言えば林道なので勾配が12%ぐらいあってキツいんですよねココ。。あ、それから尺の都合であっさりスルーしてますが画面右にあるのが鏡ヶ池です(汗)

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そんなわけで、だいぶ早送りで鍬柄峠を越えた左手にあるこの細道が、昭和15年の地図に載っていた稲田軌道の一部(だった)ところなのですが、少し覗いてみましょうか。

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しかし、ほどなく舗装は切れその先はもうすでに完膚なきまでの廃道状態。どうでしょう?軌道跡っぽいですか?(笑)自分は詳しくないのでここからトロッコ跡が想像できないのですが、もしかして廃線マニアの方なら景色から何か読み取れるのでしょうか?

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ともあれ撤収。ああいった道はそもそも公道ではないと思うので自由にサイクリングというわけにもゆかず、またこの写真でもわかるとおり付近には石材加工所や採石会社が立ち並び、稲田採石は過去のものではなくいたって普通に“現在進行中”なので廃路とはいえ私有地にはちょっとね。。
そんなワケで、栃木県人の自分としては不本意ながら、奈良駄峠に関しては茨城県側のほうがネタ的に興味深く楽しいサイクリングでした。ただ、栃木側にも稲田採石の痕跡が若干残っているように感じた部分もある(峠がやけに広かった事、現状の地図に載っていない別ルートや分岐らしき部分があった)のでいずれもう一度走る機会があったら注意して観察してみたいと思っています。

長文にお付き合いいただき、どうもお疲れ様でした!

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