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わすら雑記
趣味の工作、DIY等の雑記
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たらもと

Author:たらもと
「わすら」とは関東地方の一部で使われる方言で、標準語でいうところの「いじくる」の意味なのですが、このブログでは日曜大工をベースに趣味の範囲でいじくれそうな物を色々とわすらしてゆきます。



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前日光修験「林道小川沢線」


またもや鹿沼市の林道サイクリングですが、今回は栃木県道240号石裂上日向線と58号草久足尾線を連絡する峰越えの林道を探索してみました。写真は県道240号終点の加蘇山神社脇の標識。こういったものがあるくらいなのでここもすでに結構な山奥なのですが、目指す林道はさらにこの奥地となります。

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というわけで、標識の右手には古びた永久橋があってなかなか味わい深いのですが、この橋を越えるとさらに一層寂しい山道に。

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まぁこういった具合に林道さながらの荒れた舗装路が続くものの、実は道中に現代的な民家が数件と営業中の蕎麦屋があったりして「え!?こんな山奥に?」とビックリしたりするのですが、この道路はドン詰まりの少し手前で「前日光基幹林道(観光+産業道路)」と接続するので実はそれほど交通の便が悪いわけではなさそうです。

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おっとこんな所にも林道が…と途中で見つけた「火打石線」。ただし今回の目的とは違うので突入はしません。というかここはダートなのでどのみちロードバイクには無理なのですが。。地理院の地図によると峰越えが可能のようですが途中から徒歩道になってしまうのでドン詰まりと思ったほうが良いかもしれません。それにしてもネーミングがよくわからないですね。昔ここで石英やチャートが採れたとか?

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こちらは道中にある寄栗薬師堂。まだ建ててから新しい感じですが、収められている石像はどれもかなり古そうでした。そして隣にあるのが「延命地蔵」。苔むした石仏の顔をしんみり眺めつつ、とりあえず一通り礼拝して先を目指します。

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薬師堂を過ぎてまもなく右手に現れるのが目的の林道小川沢線。いつもの黄色い林道標識はありませんが、鹿沼市が設置した「この林道は林内作業車両以外通行できません」という警告看板があるのでここで間違いない。それからオレの大好物の「標石」があります(笑)ので近くに寄ってみましょう!

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近づいてみると意外とデカイ岩で迫力がありますが、内容は「右 古峯山 日光」となっていました。文字から年代を読み取るのは難しいので郷土資料などで調べるしかないのですがそれがなかなか見つけられず残念ながら建立時期はわかりません。それから、一点だけ気になる部分があるのですがそれは「古峯山」という表記で、実際にこの先にあるのは「古峰ヶ原高原」と「古峯神社」で、実は「古峯山」などというものは無いのです。しかし、山岳信仰(修験道)においては信仰対象の山や寺社を一括りに「○○山」と呼ぶらしいので、これはやはり古峰ヶ原の古峯神社を指すものではないかと。

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そんなワケでここらで歴史妄想タイム~!(笑)パチパチ!

まず、この銅像の人物が今回の舞台の中心人物「勝道上人」で、きちんと書くとおびただしく長くなるので超ザックリと書かせていただきますが、奈良時代の天平7年(735)に下野国・南高岡(真岡市)に生まれ、幼少期は下野薬師寺にて修行。そして出流山満願寺(栃木市出流町)を開創し、以後猛烈な勢いで邁進し鹿沼市の加(賀)蘇山神社、日光の輪王寺、二荒山神社など数々の寺社を建立しつつ、極めつけは日光山(男体山)の登頂に成功し以降日光修験の開基となったそうで、記録によれば主な活動地域は古峯神社の周辺の山々という、まさに今この場所がそれであり、勝道上人が当時どのようなルートで前日光の山々を巡ったのかを勝手に古代(誇大)妄想してみたのが下図です!

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といったわけで、勝道上人の足跡から満願寺-寺坂峠-大越路峠-賀蘇山神社-小川沢峠-加蘇山神社-古峰神社というルートが浮かび上がり「ヨッシャ!これでつながったァ~!」と勝手に喜んでみたりしたのですけどいかがでしょうか(笑)もちろん奈良・平安時代から悠久の時が流れまくった現在では地形そのものが大幅に違う可能性が高いのでもとより荒唐無稽な想像ではあるのですが。。ちなみに小川沢峠は明治期の地図では「荷車が通せざる道」の表記で近隣の里道よりもグレードが高い扱いだったようですが、現在では道跡はすっかり消失し徒歩で辿るのすら難しい状態らしいので、その一部重複区間である現在の「林道小川沢線」が残っているのはとてもありがたい。

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ではでは、空想から現実世界に戻り、暗くてジメジメした林道サイクリングへ!いざ参らん!と盛り上げつつ、実はけっこう後悔してたり(汗)ご覧の通り路面にはコケが生え廃道一歩手前の雰囲気が漂う荒れっぷりで、入口からここまでの数百メートルの間に顔に蜘蛛の巣がファサ~っと被さる事3回と「ホントに誰も通ってないんだね…」と普段林道に慣れている自分ですら薄気味悪い気分に。。

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そしていよいよ始まる九十九折区間。ご覧のとおりクレイジーな急坂が峠まで続く約1.5kmの地獄クライムで、勾配は大体11~13%ぐらいでしょうか。おまけに路面がジトジトのスリッピーでダンシングするとトラクションが一気に抜けるので走りづらい事この上ない。

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苔むした坂を登りきりようやく辿りついた切り通しの鞍部。まぁ道中にこれといった歴史遺構は無かったので単なるつまらない林道の峠風景でしかないのですけど、いや~ホント冗談抜きでキツかったわココ。これぞまさに苦行という感じ…というかこの苦しさこそが修験道なんだろうなぁ(汗)

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さて、峠を越えた下り側は道路の雰囲気が若干変わり、カーブミラーやお馴染みのパプ~!の標識なども設置され案外と高規格な林道に。

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…と褒めた途端に路面崩壊キタコレ。危ないのでゆっくり下ってはいるのですが、突然こういう荒れ場が来ると「うわっ!ちょっ!ちょまっ!」ってなる。これマウンテンバイクなら少しは楽しかったのかな。それと下り側もやっぱり勾配がキツイのでブレーキレバーをガン握りで手が痛い。こういうときこそ油圧ディスクブレーキが欲しいところ。やっぱりここはグラベルロードですかね?とまたもや増車の悪寒!?(汗)

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出口付近の集落がボチボチ見えてきたあたりで一気に路面状況が良くなってきました。住んでいる人がいると行政もさすがに対応が良いみたいですね。

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というわけで、やっと大芦川に出たプハーッ!

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それから古峰ヶ原街道側には見慣れた黄色の標識があったのですかさず写真撮影。パスハンティングにとっては非常に重要な状況証拠というか写真コレクションというか(笑)ちなみにここは距離=4414m、幅員=3~4mという表記でした。

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そんなワケで、眺望ゼロのジメジメ林道ゆえ歴史妄想を織り交ぜて気分を高める努力をしてみましたが、勝道上人の足跡サイクリングはいかがでしたでしょうか。でもまぁ走っておいて何ですが、ここはあえてサイクリングコースに選ぶ理由はないかもですねレクリエーション的に(汗)やはり修験道の気分を味わう苦行と割り切ったほうが良さそうです。周辺は「クマ注意!」の看板だらけですしいっそ走りながら読経したり時折ベルを「チ~ン…」と鳴らして修行僧気分で走るとより一層雰囲気が出そうです。

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